本屋の雑誌コーナーにある しあわせ

雑誌にはたくさんのノウハウが詰まっていて、こんなに便利なものはありません。そんな雑誌の特集記事で、特におもしろいと思った記事を紹介しています。

新橋今昔物語 偽りの思い出と忘れられた一種の風景

汐留シオサイトといえば、今や観光地と言ってもいい新橋駅東側にある複合施設。

ここが、昔汐留貨物駅だったこと自体は意外と知られてはいるのですが、その内容や歴史に関してはなぜか知られていません。
だって、なぜか汐留操車場という架空の名前まではひとり歩きしているほどですから。

操車場と呼ばれた貨物駅跡地には、菜の花が咲いていました




日本最初の鉄道が走ったのは新橋横浜間。
1872年(明治5年)に開業した新橋駅は、この場所にあった汐留貨物駅のことなのです。
現在の駅舎は2代目で、その駅舎ができてからは、貨物駅として営業していました。

そのころには、ここから築地市場竹芝桟橋へと引き込み線や専用線などの数本の貨車が走っていて、さながら操作場の様な様相を呈していたために汐留操車場と形容されることがありましたが、駅としてはあくまでも貨物駅。

そんな汐留貨物駅も、1986年(昭和61年)に 国鉄が民営がしてJRとなった時に廃止され、しばらくの間は遊休地となっていました。

1995年にゆりかもめが開業して、汐留の再開発が始まるのですが、それからの変化はまさに空前絶後。
今、当時の貨物駅の面影はどもにも見当たりません。

でもそれ以上に印象的だったのが、遊休地として利用されなかった間、この場所では遺跡の発掘調査が数年間もおこなわれていたことであり、その発掘が終了して再開発が始まるまでの数年間、春になるとゆりかもめの車窓から一面の菜の花畑がを見ることができたこと
これは、菜の花で有名なお隣の浜離宮から風に乗って菜の花の種が運ばれてきたためでしょうね。

今から20年前。
ほんのひと時ですが、黄色い汐留という場所が存在しました。


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