本屋の雑誌コーナーにある しあわせ

雑誌にはたくさんのノウハウが詰まっていて、こんなに便利なものはありません。そんな雑誌の特集記事で、特におもしろいと思った記事を紹介しています。

新橋今昔物語 本当の新橋を知るにはここに来るしかない


ニュー新橋ビルの真横に、港区立生涯学習センターばるーんという施設があります。
この施設が建っているの場所が桜田公園

ここに1991年(昭和47年)まであったのが桜田小学校で、そう、桜田公園の名前の由来となっている小学校です。

桜田公園、そこは街とサラリーマンとが係るきっかけとなった場所 



飲み屋や風俗店のひしめく新橋駅烏森口に小学校があった
当時を知らない人はそれだけでも驚きですが、この桜田小学校こそが、変わりゆく新橋の負担を一手に引き受けていた存在だったことを知れば、もっと驚くはず。

第二次大戦後すぐに、このあたりは闇市として栄えました。
そこで、すぐに作られたのが競馬の場外馬券売り場。
今でいうウインズです。

この場外馬券売り場が、1964年の市街地整理事業に伴う立ち退きで移転を余儀なくされるのですが、この時移転先として候補に挙がったのが新橋4丁目にあった空き地。
しかし、その土地の目の前には、桜田小学校があったのです。

当然の如く住民からは反対運動が起こり、何と国会で質問がでるほどの大騒動となります。

結果的に場外馬券場の開設は断念されるのですが、桜田小学校の苦難の道はここから始まります

新橋がサラリーマンの街として栄えれば栄えるほど、この街には次々とサラリーマンのための遊戯施設が作られてゆきます。
飲み屋に雀荘にパチンコ店。そして極め付けが風俗店

風営法のにより、学校から一定の距離を置かなければ風俗店は営業できないのですが、そこはやはり風俗産業。
営業形態を変えての出店から堂々とした違法営業まで、次々と新店舗がオープンし、その都度新聞ネタになるほどにもめることとなります。

しかし、東京が急成長を遂げる速度が早ければ早いほど、都心部の生徒数の減少の速度は加速度を増し、桜田小学校は1991年(平成3年)に114年の歴史に幕を下ろすこととなります。

そんな桜田小学校の跡地にできた公園は、平日の午後ともなると、サラリーマンの憩いの場なっているのですが、なぜかここでニュース番組がインタビューをしているとこを見たことがありません。
ただ、小学校当時の面影を残すトラックだけが、ひっそりと佇んでいるだけです。


忘れられないものが、あのとき新橋にはありましたbtn_01btn_02偽りの思い出と忘れられた一種の風景偽りの思い出と忘れられた一種の風